給食開始と母の偉大さ

こんにちは、僕です。

始業式も終わり、子供達も無事に5年生、3年生に進級できました。

今日から待ちに待った給食が始まります。

学童卒所

この春休み、子供達にとって環境の変化があった。

こちらの地域では小学校の学童保育は4年生までで強制的に卒所させられる。

そのラインに居たのが息子で、この春、卒所と相成りました。

娘は学年的にまだ通う事ができるが、昨年の秋頃その件で話をしてみたところ、

「うーん、、、やめる。」

と。

理由としては

  • 兄が居なくなる事
  • 学童に通っていない友達と遊べる事
  • 家でYoutubeが見たい

等。

Youtubeって・・・

今の子らしいというかなんというか(笑)

逆に続けて通いたい理由を聞いてみたが、それは特にないらしい。

という事で、3月末をもって二人とも卒所&退所となった。

お弁当終わり

春休み中も3月いっぱいまでは学童に行かせていたので、毎日お弁当を持たせていた。

学童最後の日の前日

「最後のお弁当は何が良い?」

と子供達に聞いてみたところ。

「チャーハン!!」

え!?

チャーハン?www

子供達ね、僕の作るチャーハンが大好きなんです。

という事で最終日はお弁当箱にチャーハンをたんまりと詰めて持って行かせた(笑)

前日の夜からスプーンをキッチンペーパーでくるんだりして準備している娘の可愛らしい事ったらなかった。

母の偉大さと愛を知った4月

4月に入り、僕が仕事の間子供達は家で留守番をするようになった。

お弁当は作らなくてよくなったけど、お腹が減るのは変わらない。

お昼ごはんの用意はしておかなければならない。

これが僕には面倒で仕方が無かった。

お弁当は晩御飯の残りや1~2点のおかずを作るくらいで冷凍食品にけっこう頼っていた。

それが家でご飯を食べさせるのに

「冷凍食品はあかんやろ」

と意味もわからないのに気負ってしまう。

いや、冷凍食品で良いと思うんです。面倒だし。

でも、なんかそれは僕のポリシーに反するというか・・・

よくわからないけど、、、とにかく冷凍食品は使いたくなかった。

自分が手をかけて作った物を食べてほしかった。

不思議ですね。

見てるわけでもないのに、学童に行くか行かないかだけで冷凍食品を使う事に罪悪感を感じてしまうって。

なので昨日までお昼ごはんは作り続けました。

自慢できるようなものは作ってませんけどね。簡単なものを。

で、今日からは給食開始という事で開放感に満ち溢れているわけだが、ふと母の事を思い出した。

今までは不倫や離婚の後遺症と慣れないひとり親生活でいっぱいいっぱいで母の事をゆっくり思い返すなんて事はなかたかな。

母は12年前に他界しているのだが、中学、高校と休まずお弁当を作り続けてくれたんだなー。と

母の口からは「面倒」「しんどい」等の言葉を聞いた記憶がない。

僕は母がお弁当を作ってくれる事を当たり前のように思い、学校へ通っていた。

家に帰れば暖かいご飯が当たり前のように用意されていた。

朝起きれば着替えがタンスの中に当たり前のように入っていて、カッターシャツにはアイロンがかけられていて。

きっと僕なら毎日「めんどくさい!」と思うんだろうな。

というか、もうすでに春休みの昼食だけで思ってるって、僕どんだけ小さいの?

って。

母がくれたたくさんの優しさ
愛を抱いて歩めと繰り返した
あの時はまだ幼くて意味など知らない
そんな私の手を握り一緒に歩んできた

Kiroroの未来への歌詞を思い出す。

目には見えないけど、ずっと傍に居て手を引いてくれてたのだな。

親不孝な息子でごめん。

きっとこの環境になってなければ気付かなかった事が日々の生活で多くある。

そういった発見を大事に、言葉じゃなく行動で子供達に見せていかなければいけないな。

子供達の未来が明るく暖かになるように。

孫にもまた同じように接してくれるように。

見えない手を繋いでいてくれるように。

母にならって、子供達からは大きく暖かで優しい存在でいたい。

そう思った春の日でした。

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コメント

  1. クールビズ より:

    今日は。えすたま様。
    お元気でなによりです。
    お母様の優しさを貴方は受け継がれたのですね。
    貴方の優しさは子供さん達に引き継がれますよ。必ず。

    • えすたま より:

      クールビズさんこんばんは。
      そうですね。母はいつも優しかったです。
      もし母が生きていたら今日は70歳の誕生日でした。
      僕も母のようにできると良いのですが^^;